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「土作りは大規模化よりも効率が良い」。収量アップと安定した品質、より良い農業経営を実現するまで

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北海道トップクラスの面積でアスパラガスを栽培

北海道夕張郡長沼町にある株式会社押谷ファーム。アスパラガスをメインで栽培しており、その規模は露地で約3ヘクタール、ハウスで約70アールと北海道トップクラスの栽培面積を誇ります。モットーは「勘に頼る農業」ではなく、土壌や肥料の成分分析などデータを積み重ね、時期を問わず安定した品質で出荷すること。取引先の料理人からは、味や品質に波が無く、料理にも使いやすいと人気。道内外から注文が入ります。

同社は、農業生産以外にもオープンガーデンとカフェを組み合わせるといった一風変わった観光農園も展開しています。

押谷さんの趣味の一環で同園に作られたヨーロッパ式のイングリッシュガーデンは、春から秋にかけて無料で一般公開しており、趣味の域を超えるほどの高いクオリティーから、本の表紙にも使われるほど。また、夏に週末限定で営業されるオープンガーデンに併設した「押谷ファームcafe」では、自社で栽培されたミニトマトやトウモロコシ、ブルーベリーなどを冷凍し、そのまま削ってかき氷として提供しています。農家自ら作った野菜や果物を使用している分価格がリーズナブルと、週末には行列ができるほど人気なカフェとなっています。ここでの取り組みの詳細や目的については、別の記事で深堀していきます。

オープンガーデンに併設する「押谷ファームcafe」

阪神淡路大震災をきっかけに移住し、就農

兵庫県尼崎市で生まれた押谷さん。大学卒業後、当時国内小売業界首位の売上を誇っていたダイエーグループに入社しました。将来は独立も視野に入れていた中で、流通業界屈指の会社で個人と企業が成長するためのノウハウを手に入れようと考えたためでした。入社後は野菜ではなく、鮮魚を担当していました。

そんな押谷さんが、農業の道を目指すきっかけとなったのが1995年に発生した阪神淡路大震災でした。

「震災が起きて、死にたくないと思っていなくても死んでしまった人たちがたくさんいて。それと同時に、どんなにお金を持っていても物が手に入らない。お金が紙切れとなる瞬間を目の当たりにしました。その時に、命の価値と時間の価値、そしてお金の価値を改めて考えたんです」(押谷さん)

震災をきっかけに、自分の時間や楽しみ、自分にしか出来ないものを大切にして生きていきたいと考えるようになったことで、自分しか提供できない価値とは何かと向き合いました。その答えが、地震で手に入らなくなった食だったといいます。漁業や酪農、野菜など一次産業の分野で何を生業にするか考えた中、事業資金などを考慮した結果、農業に行きついたと振り返ります。

26歳の時に新卒で入社したスーパーを退職し、北海道へ移住を決意。なぜ北海道だったのかと聞くと「1年のうち半分は雪で休めると思ったんです。実際はその分、雪がない時期に倍働かないといけないんですがね」と押谷さんは笑います。

北海道へ移住後は、農業コースがある短期大学へ進学。卒業後は、2年間の農業研修を経て、北海道夕張郡長沼町で新規就農をしました。

冬の押谷ファーム

データを活用したアスパラガス栽培

新規就農して栽培品目を考える際、押谷さんにはいくつかの軸がありました。運送コストに負けないこと、3000~5000円の高価格帯で贈答用として取引できるもの。そして、地域性があるもの。この3つの観点から、北海道が生産量全国トップ(2024年時点)のアスパラガスを選んだといいます。

特に注力してきたことが「土作り」。さまざまな本を読んで勉強をしていく中で、土は数字で目に見えることに感銘を受けたといいます。

「土作りを専門としている方から『農業では、堆肥や肥料は作物を作る上での投資。事業は、投資額とその投資に対するリターン額が想定できるから初めて投資することができる。農業経営なんだから想定の中で納めないといけない。それを超えたら経営ではなくてばくちになってしまう。後者を続けていたら倒産するよ』と言われたことも大きいです。このことがきっかけで、土作りについて真剣に考えるようになっていきました」(押谷さん)

押谷ファームのアスパラガス

逆算から考える土作り

押谷さんの土作りはというと、データを活用した「逆算での土作り」。すなわち、ゴール設定をした土作りです。

まず初めに行うことは現状の畑の数値を土壌診断によって導き出すこととアスパラガス栽培における理想の数値を専門家に相談した上で決めることです。その上で理想の数値に対しての差を何年で埋めていくか(ゴール設定)を検討します。

「ここでのゴールの土作りは、物理性・科学性・生物性の改善と物理性の三相分布を比重1にすることを指します。具体的に押谷ファームでは、土の比重が水と同じ比重の1.0L/㎏になることを目指しています。ここで難しいのは、畑は固相(土の相)と液相(水の相)と気相(空気の相)がある点です。全く比重の違うものを組み合わせ、正しい水やりの量(作物によって好適な水分量は異なってくる)で比重1.0を作り、それぞれの作物に好適なpHやバランス(塩基 カルシウム・マグネシウム・カリのバランスのこと)を実現する必要があります」

その中で大切になってくるのが、土作りによって収量や品質が上がり、それによってどれだけ売上が上がるのかという点。投資に対してのリターンが分からない状態で進んでしまってはばくちになってしまうので、投資をしただけ売上が上がる仕組み、すなわちゴールから逆算した販路も同時に構築をする必要があります。

押谷ファームでは、理想の土に辿り着くまでに5年~10年スパンで検討し、多いものは入れずに足りないものだけを過不足なくいれるようにしており、その上で増えていくであろう収量分の出し先を確保した上で土づくりに投資を始めています。なので、土づくりによって掛かってくる金額は、販売によって回収できる仕組みとなっているといいます。

露地で栽培されるアスパラガス

「なんとなくで堆肥や肥料を畑に入れている農業はマラソンに例えるならば、ペース配分や練習方法が分からず、42.195㎞を100m走のペースで走ってしまうことと一緒です。明確なゴール設定がない中で走り出しては、走り切れるのかが一か八かのばくちになってしまいます。農業においても同じで、明確な土作りのゴールが決まるからその過程の投資、つまり入れる堆肥や肥料が決まってきます」(押谷さん)

こうした栽培の方向性を明確にするのが土壌診断です。「土壌診断は、ゴールに対する現在の位置とそこに辿り着くまでの対処方法を見るためのもの。つまり、自分たちのアクションを明確にするための手段です。現状の販路を考慮した上で、どれくらい投資をするかバランスが大切となります」

ハウスいっぱいに生えそろうアスパラガス

土づくりは面積を広げるよりも効率が良い

「栽培品目によっては変わる部分もあると思いますが、アスパラガスやミニトマトにおいては、人件費や資材費が上がっている中で面積を広げては生産コストが上がる一方です。それならば、現状の面積で最大限の収量が取れるよう土作りに取り組み、品質を上げることの方が効率的だと思います」

土作りに取り組むということは、1つの圃場に対する資材費は増えても、面積は変わっていないので作業時間は収量が増える分だけ。むしろ、1つの圃場で多く採れることは作業効率が上がることにも繋がりますといいます。

実際、土作りに注力するようになって以降は収量が飛躍的に上がり、季節による品質の波も少なくなりました。取引先からの評判も良く、押谷ファームのアスパラガスは、高価格帯のスーパーや高級飲食店などから注文が後を絶ちません。それも全て、営業活動はほとんどしておらず、時間は掛かったものの口コミで広がっていったといいます。

「知らない営業マンが営業に来るのと、自分の友達や信用のおける人が『これ1回食べて!めっちゃおいしいから!』というのでは信頼度が変わります。だからこそ、私はモノ作りに注力をして、誰かに紹介したくなるアスパラガスを作り出すのです」

取材時の押谷さん

近年の農業は、営業、ブランディング、経理など、生産者自らがやらなくてはいけない仕事が多岐にわたります。ただ、その中で押谷さんは生産に全てを捧げることで他の農家と差別化をし、確固たる地位を築いてきました。改めて、農業は、新しい取り組みも必要であるが、それ以上に作物を作るという重要性について感じた取材でした。

取材協力

押谷ファーム
押谷ファームcafe


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