落ち葉のメカニズム
2024年が終わり、新しい年がはじまった。
昨年は10月になっても30℃を超える日があったりして、いつまでも夏の余韻が残り、紅葉もなかなか進まなかった。12月に入ってようやく冬らしい気温になり、庭木はすっかり葉を落とした。
14年前この土地に移住してきてから、庭にたくさんの木を植えた。カツラ、モモ、サクラ、イチジク、ヤマボウシ、イロハモミジ、トサミズキ、コナラ、ヒメシャラ、シラカシ、ビワ、ヤマモモ、サルスベリ……。そのほとんどは、大人の背の高さほどの苗木を植えたものだが、10年も経つと平屋の家の屋根を超えるくらいに大きく育つ。多くは落葉広葉樹で、その葉は冬を前に鮮やかに紅葉したあと、落葉して土に返っていく。
落葉広葉樹林では、1ヘクタールあたり毎年およそ3トンの葉が落ちるという。しかし、その落ち葉が積もって林床(森林の地表面)が厚くなることは決してない。なぜなら、大部分の落ち葉は1年の間にすっかり分解されて土に返り、植物の養分となって草木に取り込まれるからだ。
木々の落葉はオーキシンとエチレンという2つの植物ホルモンのバランスが変わることで起きる。初夏に芽吹く若い葉はオーキシンを合成し、それは葉柄を通って枝や根に送られる。オーキシンは運ばれた先で成長を促す役割を持つ。しかし、秋になって気温が下がってくると光合成などの活動が鈍くなり、葉は次第に老化してオーキシンを合成しなくなる。すると葉緑体が分解されてそれまで緑色だった葉が赤や黄やオレンジに変色する。これが紅葉だ。そして、葉柄内のオーキシンが減ると、葉柄の中にできる離層という組織の中でエチレンが合成され、それによって細胞をつなぐ働きが弱まり、落葉するのだ。
地面に積もった落ち葉は、ミミズやダンゴムシ、トビムシなどの土壌生物のエサとなり、そのフンや未消化の有機物はカビや細菌、菌類などの微生物の働きによってさらに細かく分解される。そうやって落ち葉が積もる森は養分を蓄え、それをまた木々が吸収することで循環しているのだ。
1グラムの肥沃(ひよく)な土には理論上、100億以上の微生物が生息できるという。そして、有機栽培では6.2億以上の細菌が活動する生物性豊かな土壌でないと、安定した収穫は得にくいと言われている。わが家の畑の土にどれだけの小さな生き物が活動しているかはわからないが、私は夏草や落ち葉や野菜の残渣(ざんさ)が豊かな土を作るものと信じて、それらをただ愚直にコンポストビン(堆肥<たいひ>箱)に積み上げている。
落ち葉床の効果
落ち葉には、もうひとつ土を豊かにする使い道がある。それが落ち葉床である。
畑に幅30センチ、深さ50~60センチの溝を掘って、底にアシやススキなどの茅(かや)を敷いて大量の落ち葉を入れ、その上に畝を立てて野菜を育てるという古くから伝わる農家の技だ。落ち葉床には次の3つの効果が期待できる。
①水はけ、通気性の改善
溝の底に敷く茅は中が空洞になっており、さらにそれを束にすることで、その隙間(すきま)が水や空気の通り道となる。いわゆる暗渠(あんきょ)と同じような効果が期待できるのだ。大量の落ち葉の隙間にも空気が含まれるので、それで水はけや通気性がよくなれば、土の中に入れた落ち葉や茅も腐敗しにくい。加えて、土壌の下層は表層に比べると微生物が少ないうえに、茅は繊維質が多いため分解されにくく土壌改良効果が長持ちする。
②団粒構造の土ができる
土の中にたくさんの空気があれば、落ち葉は腐敗しにくく、微生物によってゆっくりと分解されていく。分解された落ち葉は腐植(※)という物質になり、それが土の粒子をくっつけて団粒構造を発達させる。団粒構造の土は団粒内部の小さな隙間に水分や養分を保持し、団粒間の大きな隙間は余分な水分や空気の通り道となるので、保水性、保肥性、排水性、通気性のよい土になる。いわゆるふかふかの土である。
※ 動植物が微生物によって分解されてできるもの。
③肥料効果が長続きする
落ち葉床はコンポストビンで落ち葉堆肥を仕込む場合に比べて、ゆっくりと落ち葉が分解していくため、養分も少しずつ溶けだしていき、肥料効果が長続きする。1年目より2年目、2年目より3年目と年々効果が高まり、もともとの地力にもよるが5年程度は少肥、または無肥料で野菜を栽培できると言われている。
落ち葉床の作り方
落ち葉床は古くから農家に伝わる技術だが、行われていたのはまだ農業機械や化学肥料が発明される以前のことである。効率化が求められる今の農業で、落ち葉床を実践している農家は、おそらくほとんどいない。私のような家庭菜園愛好家が、面白半分でやっているくらいだろうと私は思っている。まずもって50~60センチの深さの溝を掘るというのは、それがどんなに柔らかい土であろうと楽な作業ではない。
庭先の小さな家庭菜園なら、畝の長さ5メートルくらいはシャベルでやれる。50センチ掘るのがしんどければ、30センチくらいでも問題ないだろうと私は思っている。溝が浅い分だけ、高畝にすればいい。わが家の畑であれば畝の長さは約13メートル。シャベルで掘ればいいトレーニングになるけれど、最近ちょっと腰の具合がよくない。悪いけれど重機(ミニショベルカー)を使わせてもらいます。ともあれ、落ち葉床の最大の難関は溝掘りだ。
落ち葉床は種まきや植え付けの1カ月前までに準備する。多少でも落ち葉の分解を進め、土になじませておくためだ。
①溝を掘る
畝を立てる場所に幅30センチ、深さ50~60センチの溝を掘る。深く掘るのが難しければ30センチ程度でも。掘った土は、埋め戻すときに使うので溝の両側に山にしておく。
②茅を敷く
溝の底に茅を10センチ程度の厚さで敷く。茅はカラカラに乾燥させたものを使う。水分が多いと腐りやすいためだ。アシやススキは野原や河原に生えている。手に入らなければ、少し分解は早いがワラやもみ殻やセイタカアワダチソウを使う手もある。またシノ竹や竹の枝なら分解されにくく、暗渠としての効果が高い。
ただ、土作りの観点で役立つのは、適度に時間をかけて分解されていく茅だ。シノ竹や竹の枝は分解されにくいので、大量に入れるとその後の畑の利用で支障が出ることも考えられる。
③落ち葉を入れて踏み込む
茅を敷いた上に溝が埋まるくらいまで落ち葉を入れ、その上を歩いて踏み固める。茅と同様、よく乾いた落ち葉を使うこと。湿った落ち葉だと、踏んだり土を戻したりしたときに潰れて通気性が悪くなり、腐敗しやすい。
④土を埋め戻す
掘り上げた土で溝を埋め戻す。このとき塊になった粗い土を最初に入れる。大きな土の塊がぶつかるとそこに隙間ができ、通気性がよくなるからだ。その上から目の細かい土を入れ、畝を作れば完成だ。
窒素飢餓は大丈夫か?
これで、少なくても3年、うまくいけば5年は何もしなくても、落ち葉から供給される養分で野菜が育つ。ただ、ちょっと心配なこともある。大量の落ち葉をそのまま土に入れることで、病虫害や窒素飢餓が発生しないかという不安である。
落ち葉の炭素率(C/N比、有機物に含まれる炭素と窒素の比率)は30~50と高い。一般に炭素率が高い有機物をそのまま土にすき込むと、その炭素を利用して微生物の増殖が急激に進む。ところが、炭素が十分にあっても同時に必要な窒素が足りないと、それを土中から取り込むようになる。すると本来作物が吸収するはずだった窒素が微生物にとられてしまい生育障害が発生する。これが窒素飢餓だ。
ただ、落ち葉は難分解性のセルロースやリグニンといった成分で構成されているため、細菌類にとっては利用しにくく、分解は極めてゆっくり進むので、そのまま土に入れても窒素飢餓は起こりにくいはずだ。これはもみ殻(C/N比80~90)などでも同じことが言える。土壌改良のためのもみ殻の施用はわが家の畑でも常々行っていることで、それについて窒素飢餓が見られたことはない。それを考えれば落ち葉床もたぶん大丈夫だろう。
落ち葉床は自然農法の研究で知られる東京大学農学博士・木嶋利男(きじま・としお)さんも推奨している。今回私が実践したのも、木嶋さんがナスやニンニクやオクラなどで、落ち葉床による無肥料栽培を実際に成功させた記事を読んだからにほかならない。期待しないわけにはいかないではないか。落ち葉を埋めるだけで、土がふかふかになり、作物もよく育つのだ。仕込むのはちょっと大変だが、その労力をかける価値は十分にある。
落ち葉床の成果は3年後に出る。結果報告は、それまで気長にお待ちください。