インフレ時代をどう生き抜く
近年、さまざまなコストが上昇しています。直売所を経営する団体にとっても“他人ごと”ではありません。むしろ他人ごとどころか、直売所というビジネスモデルは委託販売手数料が一定であるため、コスト上昇に対してできることが他の業態に比べて少なく、インフレの影響をより受けやすいとすら言えます。
本稿の「直売所」は、ある程度の規模があって出荷者が10軒以上いるような農産物直売所を指しています。そうした直売所はインフレ時代をどのように生き抜いていけばよいのか。前・後編の2回にわたって整理していきたいと思います。
インフレ時代の直売所チェックリスト
インフレ時代になりコスト上昇という課題にさらされている直売所経営。まずは、以下のチェックリストを確認してみてください。
✅3年前に比べて、出荷者の販売単価が上昇しているか? ✅出荷者にコストを価格に転嫁するように伝えているか? ✅3年前に比べて、どの費目がどの程度増えたか把握しているか? ✅スタッフの作業効率につねに注目しているか? ✅直売所の長所が安さだけになっていないか? |
まずは一つ目の「3年前に比べて、出荷者の販売単価が上昇しているか?」について。
直売所の使命は、地域農業の活性化のはずです。したがって、出荷者の栽培コストが上昇しているのであれば販売単価も上昇させなくてはなりません。しかし、実情としては、直売所において販売価格は出荷者任せであり、出荷者どうしの価格競争に陥っている店舗もあります。そうすると、販売価格が上がらず、地域農業が持続可能なものでなくなってしまいます。
問題はそれだけではありません。
直売所運営のコストも増加しています。しかし、一般的に、販売の手数料率は一定です。したがって、出荷者に販売単価を上げてもらわなければ、直売所に残る粗利益の額は変化しません。粗利益が変わらないのに、人件費もその他経費も上昇を続けていったとしたら……。
言いかえると、デフレ時代にはコストコントロールがしやすいため、販売委託手数料が一定であることはあまり問題になりませんでした。店舗側としては価格や出荷数量を自ら決める必要がないので手間が少なく、運営しやすかったのです。
しかし、店舗運営にかかるコストが上昇している昨今は、販売委託手数料が一定であることは弱点になっているケースもあるでしょう。
消費者のマインドはスタッフしか感じ取れない
次の項目にいきましょう。
「出荷者にコストを価格に転嫁するように伝えているか?」
委託式の直売所は価格を決めることができません。しかし、出荷者に価格変更をお願いすることはできます。もう少し高くても売れると思われる時は、出荷者にそのように伝えましょう。
連載「直売所プロフェッショナル」でも指摘したことですが、消費者のマインドをじかに感じ取れるのは店頭にいるスタッフだけです。お店に常駐できない出荷者は、価格を「なんとなく」決めるしかないのです。常日頃から、直売所側から出荷者に適切な価格を助言することは非常に重要です。
ここで注意してもらいたい点として、一部の直売所は「おすそ分けの拠点」となっていることがあります。
一部の農家は、おいしいものを地元のみなさんに食べてほしいというシンプルかつ崇高な思いだけで直売所に出荷していることがあります。こうした方々は価格を重視せず驚くような安価で出荷することさえあります。しかし、農業を商売として成立させようと考えている周りの出荷者からすれば、おすそ分け的価格設定は迷惑なことです。
ですから、直売所のスタッフは、そうした農家にもインフレに応じて価格を上げるように促していかなくてはいけません。それが地域の農業のためになります。
そもそも直売所は構造的に安値になりやすいビジネスモデルです。その理由は以下連載で解説しているのでぜひ一読してください。
キャッシュレス化によるコスト上昇
続いて「3年前に比べて、どの費目がどの程度増えたか把握しているか?」についてです。もしも把握していないとしたら、まずは会計の体制をしっかり整えることから始めましょう。
会計とは、税金計算や関係者への報告のために行う「財務会計」と、業績を把握してアクションプランを作るための「管理会計」があります。財務会計を行っていない直売所はありませんが、ここで必要となるのは管理会計の方です。
管理会計で重要なことは、過去の業績と比較し、現状の課題を正確に把握することです。
さて、人件費や水道光熱費は上昇しているはずです。しかし、インフレとは関係なく上昇している費目があります。管理会計がしっかりしていればきっと即答できると思います。
それは、キャッシュレス決済の手数料です。通常、売り上げに対して3%程度かかりますので、決して無視できません。
経済産業省によれば、キャッシュレス決済の比率は年々増加し、決済金額全体の約40%に達しています。多くの直売所でも似たようなものでしょう。
キャッシュレス決済の増加という時代の流れは止められないのに、直売所の委託販売手数料は不変ですから、かなりの痛手です。
ただ、できることもあります。手数料が安い決済手段に誘導することです。
主要なキャッシュレス決済の中で現在の最低値はPayPayの1.98%(プランにより1.6%)です。一般的にQRコード決済の方が、交通系電子マネーやクレジットカードより低く設定されています。顧客の中にはどの決済手段でもいいという人はかなりいますので、QRコード決済が使えるということを大きく店頭で打ち出すことは有効です(ただし現金決済が減る可能性もあるので、現金決済がまだ多いお店では控えた方がいいかもしれません)。
なお、キャッシュレス決済の比率がさらに高まってきたときには、「聖域」を変えることも考えるべきでしょう。
直売所のスタッフは、委託販売の手数料率は所与のものと考えがちです。しかし、キャッシュレス決済の増加は、明らかに直売所側の手取りを減らします。
そのことを出荷者に理解してもらい、委託販売手数料という聖域についても議論するべきではないでしょうか。もちろん出荷者の側も栽培コストが上がっていて苦しいと思います。ですから、その分は品目単価を上げて出荷してもらうのです。
どうしたら消費者に値上げを許容してもらえるのかについては、次回記事で述べていきたいと思います。
「多能工化」によってコスト増を吸収する
人件費も確実に上昇しています。
多くの直売所ではその地域の最低賃金かそれに近い金額でパートを雇用していますが、最低賃金は今後も上昇していくことでしょう。
言うまでもなく、直売所がビジネスである以上、賃金が上がればその分の生産性向上が必要ですから、次のチェック項目「スタッフの作業効率につねに注目しているか?」は大事なポイントです。
「直売所あるある」ですが、お客様が並んでいないのにレジに張り付きになっているスタッフはいないでしょうか?
お客様がレジにいないときは、売り場に出て陳列を直したり、伝票の整理をしたり、POPを書いたりとできることはたくさんあるはずです。
ビジネス用語に言いかえれば「多能工化」です。1人のパートさんがいろんなことをやる、ということです。
他業界の事例ですが、旅館やホテルの運営を手掛ける株式会社星野リゾートでは、1人の社員がフロントもレストランでの調理も客室のセッティングもするという多能工化によって生産性を高めています。
人件費単価が上昇している分、パートのスタッフには店舗運営により積極的に関わってもらいましょう。
ちなみに、直売所の利益を上昇させるには、売り上げを上げるかコストを下げるかしかないわけですが、コストを下げる施策はとても大事です。なぜなら即効性があるから、です。
売り上げを上げる施策は時間がかかりますし、効果がどのくらいあるかも判然としません。例えば、SNSでの発信は強化すべきですが、すぐに売り上げに跳ね返るわけではありません。
しかし、コストダウンの施策の多くは即効性があるし、思ったより効果がなかった、ということは起きにくいです。
たとえば、照明のLED化は検討済みか? 冷蔵ショーケースの省エネ化は?
こういった施策は、SNSの発信と比べれば、効果が明確です(楽しい作業ではないかもしれませんが)。コストダウンの施策は今すぐに検討しましょう。
「デフレの申し子」から脱却する経営
最後のチェック項目は、「直売所の長所が安さだけになっていないか?」です。
すべての直売所に、真剣に省みてほしいポイントです。
直売所というビジネスモデルが成長した背景には、デフレがあったと私は考えています。ロードサイド型の大型直売所が全国的に増加したのは2000年代です。マクドナルドがハンバーガーを1個59円という価格設定にしたのは2002年のことでした。あの時代、デフレの申し子と呼ばれたビジネスがいくつかありましたが、大型直売所もまたその一つだったのではないでしょうか。
しかし、時代は変化し、農家も栽培コストが上昇しています。
栽培コストを転嫁できない直売所は、農家から選ばれなくなってしまうでしょう。
私の造語ですが、直売所には「直売所デフレスパイラル」という構造的な課題があって、安値だけが特徴になりやすいと以前指摘しました(下図。詳しくは関連記事を参照)。客層が安値重視の方へどんどんと移っていってしまうことで、ますます安い農産物しか売れなくなってしまうという課題です。
インフレ下、直売所デフレスパイラルを放置しておくと、地域農業は疲弊するか、もしくはやる気のある農家は他の販路へ移ってしまうでしょう。
きちんと価値を伝え、値上げをしても売れる。
そういった直売所経営を目指していく必要があります。「後編」では、安値に頼らない直売所経営について解説していきたいと思います。