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育苗を省力化し枯死率を下げる「F1種子イチゴ品種」と、「当たり前」を徹底する篤農家の取り組み

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F1種子イチゴ品種は育苗を飛躍的に省力化し、暑熱下でも枯死率を下げる

F1種子イチゴ品種とは、一般的なイチゴ品種では必須の栄養繁殖による苗の自家増殖が不要となる、種子から苗を育てるタイプのイチゴ品種のこと。このため、育苗に関わる作業や人手、コストを大幅に削減できる。また、栄養繁殖よりも圧倒的に増殖効率が高いこと、病害虫被害を受けていない健康な苗を効率良く得ることができることもF1種子イチゴのメリットだ。

種子繁殖型イチゴ研究会によると、F1種子イチゴ品種は世界的にも珍しく、日本初のF1種子イチゴ品種は2008年に千葉県が開発した「千葉F-1号」。続いて、三重県・香川県・千葉県と農研機構九州沖縄農業研究センターが共同開発した「よつぼし」が登場した。

民間企業が初めて開発したF1種子イチゴ品種「ベリーポップ すず」は、三好アグリテックと三重県が共同開発したオリジナル品種。2022年には、三好アグリテックが単独で「ベリーポップ はるひ」を発売した。同社によると、両品種(「ベリーポップ」シリーズ)は食味も優れており、B to C販売や直売所の他、観光農園でも好評であるという。

宮崎県の篤農家がF1種子イチゴを導入するまで

今回ご紹介するのは、宮崎県の県央地域に分類される、児湯郡都農町のイチゴ生産者、村田農園を営む村田哲(むらた・さとし)さん。福岡県で生まれ育った村田さんだが、大手精密機器メーカーの技術営業部員として会社員としてのスタートを切ったのが宮崎だったという。

村田さんが管理しているのは10aのハウス×2棟の20a。従業員はパートタイマーが2名。村田さんは農福連携にも取り組んでおり、パートタイマーの2名は福祉側の従業員として村田さんが雇用している。高設土耕で栽培しているが、環境制御やモニタリング装置は使用していない

「住んでみてすっかり、宮崎が気に入りました。日照時間が長く、晴天日も雨も多いから、農業に適した土地だと感じました。農業は素人でしたが、私は会社員として技術と営業力を磨いてきました。そこで高鍋市の宮崎県立農業大学校で学び、2012年、42歳のときに、最も技術が必要なイチゴで勝負しようと、新規就農したのです」

イチゴを選んだ理由の1つが、大きな機械を使わないから。「大きな機械は、大きな投資やメンテナンスが必要です。故障もするし、買い替えが必要になります。ランニングコストも掛かります。イチゴは最初に投資すれば、あとは燃料代くらいしか掛からないのです。暖房機とCO2施用機以外は、機械と呼べるものは入れていませんね」と村田さんは語った。

モニタリング装置も導入していないのだが、それは設備投資額と得られる効果とを天秤に掛けた上での判断なのだろう。

「ベリーポップ はるひ」は日本の民間企業が単独で初めて発売したF1種子イチゴ品種。果実は硬く、酸度と糖度のバランスが良好。果皮色は橙赤色である

村田さんは「毎年2品種以上は必ず栽培しているが、品種は毎年変えている」と話す。2023年作ではF1種子イチゴ品種の「ベリーポップ はるひ」に初挑戦した他、「ほしうらら」、「スターナイト」を選択した。2024年作では「ベリーポップ すず」と「ほしうらら」の2種類とした。

「F1種子イチゴ品種は、販売翌年の2023年から挑戦しました。育苗を効率化したかったことと、近年、枯死率が高まっていることが大きなきっかけでした。過去に栽培していた『さがほのか』では枯死率は2%でしたが、『ほしうらら』を作った年には3割も枯れてしまった。枯れてしまった分を予備苗で補うのは大変ですし、放っておくと収穫量が減ってしまう。効率的かつ枯死率が低い品種として、『ベリーポップ』シリーズに挑戦してみたのです」

F1種子イチゴ品種の苗を直接定植するから圧倒的に高効率!

72穴プラグ苗、播種後約50日の苗姿(左)。406穴プラグ苗を8月中旬にポットに鉢上げし24日目の様子(右、いずれも三好アグリテック提供)

「ベリーポップ」シリーズのプラグ苗は、406穴と72穴の2種類から選ぶことができる。406穴は播種から5週間前後の小さな苗であり、『ポットで鉢上げした後の定植』が推奨されている。一方、72穴は406穴よりも大きなサイズで、『直接定植も可』とされている。となると、村田さんは72穴を選びそうなものだが、驚いたことに村田さんは406穴を選択した。

「2023年作はプラグ苗初挑戦の年でしたが、私は『ベリーポップ はるひ』の406穴を直接定植しました(笑)人手不足の昨今です。土を買ってポットに詰めてプラグ苗を植えて……という作業を、何とかして無くしたかった。鉢上げには労力だけでなく、時間とお金が掛かります。私は生産のプロとして、自己責任で直接定植に挑戦したのです」

その結果、枯死率は30%であった。想定よりも多く枯死してしまったものの、406穴の直接定植に手応えを感じた村田さんは、2024年作では「ベリーポップ すず」の直接定植に挑戦。枯死率は15%にまで低下した。

「406穴のプラグ苗を直接定植すれば、栄養繁殖はもちろんですが、プラグ苗で鉢上げして定植するよりも、はるかに労力と資材を節約でき、低コスト栽培が可能になるのです」

406穴プラグ苗の直接定植について三好アグリテックに確認したところ、以下のように回答してくれた。

「406穴プラグ苗を直接定植される人もいらっしゃいますが、栽培管理が簡単ではありません。村田さまのハウスのある宮崎は日射が特に強く、2023年作は村田様にとって初めてのプラグ苗での栽培でしたので、直接定植を推奨しませんでした。とは言え、村田様がご指摘のとおり、406穴の直接定植は労力の大幅削減が可能ですので、社として情報収集、提供をすすめているところです」

消費者の評価は品種とは関係ない。だからF1種子イチゴに全振りできる!

観光農園や直売所、BtoCでは珍しい品種が重宝される。「ベリーポップ」シリーズはそこで特に人気となっている(提供:三好アグリテック)

F1種子イチゴ品種に興味を持ったとしても、系統出荷のみのイチゴ生産者では導入が難しい。それもあってか、三好アグリテックは「直売所を運営している生産者さまや、観光農園で人気のシリーズ」と説明している。それでは、村田さんの出荷先は、どこなのだろう?

「生産に集中したいこともあり、全量を一社の卸を通して市場に出して、相対取引をしています。卸に値決めしてもらい、全量を県内の会員制スーパーに出しているのです。県内の各店舗に配送するのが困難だから、卸に入ってもらっているのです。卸・店舗とは信頼関係ができているので、多く採れようが少なかろうが、全量を買い取ってもらえます。最低出荷量の縛りもありません。さらに2024年度からは、サミットも開催されるホテルのトップパティシエが起こしになり、当日から出荷することになりました」と、村田さんは胸を張る。

こんな取引ができるのは、村田さんが圧倒的に高品質なイチゴを長らく提供し続け、地元の消費者に支持されているからだ。その秘訣を聞いてみたが、特別なことは何もやっていない、と村田さんは答えた。

「誰でもできる、でも誰もやらない、当たり前な作業を愚直にやり続けているだけですよ。宮崎は温暖なイメージがあると思いますが、冬季は気温がマイナス6度になることがあります。そんな日でも暖房はつけず、寒い中で選果しています。私の耳は、冬になると霜焼けができるほどです。その上で、ひとつひとつ丁寧に重さを測り、360度しっかりと検品しています。傷があれば小さなものでも弾き、汚れがあれば筆で落としています。これを徹底していますから、売り場はもちろん、ご家庭に持ち帰った後も、品質の劣化が少なく日持ちします。買ってくださったお客さんをガッカリさせる可能性は低いですし、販売店にクレームが行ったことも、冷蔵庫故障の一度限りです」

F1種子イチゴ品種はイチゴ栽培の常識を変える可能性がある!

経験に基づいた栽培により生産したおいしいイチゴを、誰よりも丁寧に選果することで、村田さんは消費者と販売者の心をつかんでいる。改めてF1種子イチゴ品種への期待と今後の展望を伺った。

「育苗を効率化することが重要であることを、再認識しましたね。栄養繫殖に関わる時間・労働から解放される……これがどれだけありがたいことかは、イチゴ生産者なら誰でも分かるでしょう。6月に定植してしまえば、ほぼ作業は終わりみたいなもの。小さな苗なので定植もあっという間に終わります。かいわれ大根1本みたいな小さな苗を高設培土に植えて水を染み込ませておけば、しばらく手間が掛かりません。朝からお酒を飲むことも、旅行に行くこともできますよ(笑)」

資材費と人件費を合わせてコスト計算をしたところ、3割が枯死したとしても、コストメリットがあるとの結果だったそうだ。

「近年は高温多湿により苗が枯れることも多く、経営上のリスクになっています。F1種子イチゴ品種のプラグ苗は、病害虫のリスクがない状態から始めることができますから、そもそも枯れてしまうリスクが低い。これもまた、F1種子イチゴ品種を取り入れるメリットです」

最後に、将来展望を伺うと「規模を拡大したい」と村田さんは語った。その背後には、農福連携があるようだ。

「扶助がないと困る人たちを、できるだけ沢山雇っていきたいのです。そして将来は、農福連携で作ったイチゴとして売り出したいです。利益のためではなく、福祉を社会に広く認知してもらいたいからです。国に貢献する、などと言うと大げさですが、私がイチゴ生産者としてできる地域貢献を、地道に行っていきます」


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