きっかけはコロナ禍
熊本県天草市御所浦という離島で1960年に創業した株式会社ふく成。
創業以前は漁師だった初代が「今後、海水の温度上昇など海の環境が変わって漁獲量が減少するのではないか」という予見のもと、マダイの養殖への挑戦を始めた。未経験ながらも餌料や生育環境を変えるなどのトライ&エラーを繰り返し、天然のマダイにも引けを取らない品質と評判を得た。
そうした養殖技術が見込まれ、1979年からは業者の依頼を受けて熊本県で初めてのトラフグの養殖にも挑戦。マダイと同じ方法ではうまくいかず、5年の歳月をかけようやく安定した品質のトラフグを提供出来るようになった。
味や質にこだわる老舗料亭などの卸先から、長年にわたって好評を得ていた。
そのような中で直面したのがコロナ禍だ。既存の取引先の相次ぐ休業で出荷量は著しく減少したが、商品の廃棄だけは避けたいという思いから立ち上がったのが取締役の平尾有希(ひらお・あき)さんだ。
「BtoBが難しいなら、BtoCへの切り替えをと考えました」(平尾さん)
まず行ったのは、購入者層の具体的な年齢や性別、生活習慣などのペルソナ設定だったと語る。
設備投資面の問題もあったが、3代目社長が「これからは冷凍の時代が来る」と考え、急速冷凍設備を準備していたため、急速冷凍を利用して小売りすることを考えた。
「顧客のペルソナは自分自身です。働く母としての経験を生かし、自分たちが欲しい商品を作ろうと思いました」(平尾さん)
一児の母でもある平尾さんだからこそわかる、働く母の忙しさやニーズ。周りのママ友との会話のなかで「魚を食べさせたいけど魚が苦手な子どもが多い」との情報を得て、「魚のおいしさを伝えるために何かできるのではないか」と考えたのが始まりだったそうだ。
コロナ禍前に準備していた特殊冷凍機「アートロックフリーザー」は、冷凍の際の氷結晶が小さくドリップがでないこと、乾燥や変色も防げることが大きな特徴である。独自の鮮度保持技術の研究を重ね、魚嫌いなこどもでも食べやすい「骨取り切り身」で販売することを決めた。
一般消費者の食卓にあげるために行った工夫
まずは自社ECサイトで、マダイやトラフグの冷凍パックを販売したが、当初は購入者が増えず、誰にも気付かれないという現実に直面した。
相談を重ねる中で「どう調理していいかわからない」という声が多く寄せられた。そこで料理研究家とタッグを組み、日常に取り入れやすいレシピ動画の作成をはじめることにした。
忙しい主婦層に向けて簡単時短、子どもが喜ぶレシピを展開し、投稿型のレシピサイトに月に3~4回程度のスパンで投稿を行った。
また、オンラインで魚のさばき方のレッスンをするなどリピーター層の獲得も狙った。
「お客様と直接話せたことで、購入者がどの段階で面倒に感じるかが分かり、大収穫でした」(平尾さん)
そこで得られる情報や意見で、一般消費者は何を面倒に感じ、その課題解決のために何ができるのか?を常に考えるようになったのだと語る。
広報とは自社を知ること
商品ができてすぐに売り上げにつながることはまれだ。多くの顧客から認知を集めるため、同社が商品開発と同時に行ったのが広報活動である。基本的な情報から最新情報まで、とにかく量を重視して実践した。
「『この方法なら絶対にバズる!』という方法はありません」(平尾さん)
大事なのは、情報をどう自社にとって意味のあるものにするかだと語る。
得た情報や他人からのアドバイスをそのまままねしても効果は薄いと実感したのだ。
熟考の末、平尾さんが導き出した「ふく成流」の広報はシンプルな草の根活動である。
新商品を作るたびにプレスリリースを出し、メディア取材を積極的に受ける。
取材中に受ける質問から、メディアが興味を持っている内容を次回に生かし、メディアが取材しやすい材料を集めた。
「こども食堂支援」や「赤潮被害」はローカルTV局に、「骨育(こついく)」は健康意識が高い女性雑誌に取り上げられ、結果として小売りとは関係がない層へのアプローチへつながり認知度が向上したのだ。
天草から世界へ
コロナ禍を過ぎ、現在の株式会社ふく成の事業内容は、養殖業・水産卸業・EC事業・SEAFOODTECH事業の4本柱となった。SEAFOODTECH事業は、すでに下ごしらえされた魚を独自の鮮度保持技術によって顧客が抱える課題解決に貢献しようとするもので、人材不足の解消や時短につながると、ホテル業や飲食店から注目を集めている。
また、納品先に合わせてカスタマイズした量で出荷するため、必要な分だけ解凍できることからフードロスの削減にもつながっている。
「海外では魚食が増えており、日本の和食も人気です。今後は天草のおいしい魚を届けるために輸出を目指し、対米HACCP(ハサップ)の認証取得を行う予定です」(平尾さん)
もちろん新しいことを行うたびに支出金は増えていく。
「確かに、コロナ禍前と比較すると1.5~1.8倍程度は支出金額はあがりました。しかしそれは収入をあげるための必要な金額だと思います。」(平尾さん)
また子どもにおいしく魚を食べてもらえるよう、マダイを加工をする際に廃棄予定だったタイ骨を粉砕した、SDGsせんべい「こっぱせん」も新たに開発・販売を行っている。
子ども向けに作ったものだが、硬いものが食べにくい高齢者や美容を気にする若い女性にも人気なのだそう。
ステイホーム、自粛期間で今までのような商売ができなくなったが、それを転機と捉え市場を拡大し、さらには海外進出にも目を向けられるようになったのはBtoCで得た経験が大きいと言えるだろう。
「一次産業でBtoCができるのは小売りができる農業だけ」と最初から諦める漁業関係者は少なくない。
しかしまずは自分ができることは何なのか?を考え、一歩踏み出すことで新たな世界がうまれてくるかもしれない。