筆者プロフィール
久保田夕夏(くぼた・ゆうか)。福岡市の農業法人勤務を経て、能古島(のこのしま)のミカン農家の夫と結婚。畑で聴ける農業Podcastや農業YouTubeの配信者としても活動中。3児の母。
①お義母(かあ)さん働きすぎ問題
農家の嫁として夫の家族と同居する中で一番驚いたのが、義母の半端ではない労働負担でした。起きるのは一番最初、寝るのは一番最後。朝からみそ汁を作り、農作業には義父や夫と同じ時間に出ていきます。少し早めに帰ってきて食事の用意にかかり、皆が食べ終わると後片付けをして、毎日のように掃除や洗濯。出荷時期は請求書の処理や翌日の伝票記入など事務処理も加わります。とにかく四六時中動いていて、休む暇がないようでした。
しかし、義父も夫も決して家での仕事を手伝わないのです。まだ義母が働いているのに、なぜこの2人は当然のように居間に寝そべってテレビを見ているのか。怒りとあきれで脳みそが沸騰しそうだったことは一度や二度ではありません。
ケア労働と事務仕事は完全に義母の仕事となっており、畑仕事で疲れているからといって簡単に代わってもらえるものではなかったそう。私はできる範囲ではありますが、洗濯や食器洗いを手伝うようにしました。夫にも「お母さんも働いているのだからあなたも洗濯物をたたもう」と伝え一緒にやったりしましたが、ここが限界です。さすがに義父には言えませんでした。
こうした状況もあり、私は同居開始後すぐ夫に「私はお義母さんみたいには働けない」と宣言しました。その後もたびたび、自分は農家の嫁だからと全てを任されてもできない、する気もないことを夫に刷り込み続けています。義母の負担を減らしたい一心で今日も洗濯物をたたんでいますが、なぜ女性への作業負担が重くのしかかってくるのかと腹が立ちます。
②呼び名は「○○の嫁」アイデンティティー喪失問題
都会では誰か引っ越してきても大して気にとめませんが、田舎では新しい人が入ってくるとすぐ噂になります。当然、私が何者であるかはあっという間に知れ渡り、「久保田家の嫁」と周知されます。どこに行っても「久保田家のお嫁さん」、「○○さん(夫の名前)の奥さん」と呼ばれ、いつの間にかファーストネームで呼ばれるのは家族、親類の中だけになっていました。夫は名前で呼ばれるのに、私の名前はどこに行ってしまったのでしょう。映画「千と千尋の神隠し」で主人公が名前を取られたシーンを思い出してしまいます。
不思議なもので、こう呼ばれ続けることで、自分が農村においてどのようなポジションにいるのか、何を求められているのか、じわりじわりと自分の中に染み込んでいくのです。「嫁だから」家族を支えなきゃ、子供を産まなきゃ、もっと頑張らなきゃ。
こうした呪いのような言葉からようやく抜け出したのは、家族と同居を始めて2年後、集落の同世代の人たちとバンド活動を始めてからでした。久しぶりに名前で呼ばれるうち、徐々にアイデンティティーを取り戻したのを自覚しました。自分の居場所は家の中だけではないという当たり前のことを、「○○の嫁」と呼ばれるようになってからすっかり忘れていました。何より恐ろしいのは、それを自覚するまで自分がアイデンティティーを喪失していたことに全く気づいていなかったことです。自身を見失っていた2年間でしたが、そこから抜け出すきっかけをくれたバンドメンバーと、音楽に感謝です。
ただ、その2年間は自分の確固たる居場所と存在意義、役割が明確に示されていたことで、悩みの少ない期間でもあったのです。一概に不幸だったわけではなく、充実もしていたし、安心感もありました。しかし、生涯その認識のままだったとして私が自分らしい一生を送れたかといえばそうではないと断言できます。私の一部は間違いなくその2年間抑圧され、死んでいたと言えるからです。
③組織に入れない? 男女別組織問題
農家であればだいたいが農協に入ります。農協には青年部、女性部、フレッシュミズ(※)という組織があり、加入は任意ですが、代々続く農家であればほとんどの人が所属しています。名前から見てわかるように、女性部とフレッシュミズには女性しか入れません。同様に青年部は男性のみです。
※ 食や農業に関心のある若い女性(おおむね45歳くらいまで)が集まった組織
それぞれの組織で研修などが行われていますが、明確な違いがその内容です。青年部が営農や農政を主に置いているのに対し、女性部やフレッシュミズは料理教室や食育活動などが主。男女平等を義務教育からずっと教えられてきた30代から見て、組織が男女別に分かれており、かつ活動内容が異なるというジェンダー分類が日本最大の組合組織でまかり通っていることは不思議でなりません。2024年現在も改変の兆しすらないことは大きな問題だと思うのですが、あまりにも当然のごとく堂々とそこに存在しているので違和感を抱くことすら忘れさせる威力があります。
私の住む地域では女性部の最年少が60代と、高齢化も著しいのが現状。私が入るとしたらフレッシュミズですが、フレッシュミズは非農家も入れるので私が求めていた農業を主体とした活動とは方針が異なります。私は代わりに管内の農業普及センターの女性グループに加入して、地域の女性農業者とのつながりを最低限持つようにしました。女性に限る必要はないと思いましたが、なんと普及センターにも男女混合のグループは存在しませんでした。今は数カ月に1度会って農業の情報交換をしたり、農業視察や研修会にも参加したりできるので楽しく参加しています。
④事業承継したのに? お義父(とう)さん強すぎ問題
以前の記事では、我が家で日曜日を定休日にした話題に触れました。安息のはずの定休日に暗雲が立ち込めたのは、同居を始めてすぐのことでした。
義父が曜日に関係なく働くのです。休日にビニールハウスの修理など人手のいる作業を始められたら、もう手伝うしかありません。いつの間にか夫の定休日は消えて、私はワンオペで3人の子育てを余儀なくされる日曜日が戻って来てしまいました。さらに、2023年に事業承継したものの、ほとんどの決定権はいまだに義父が握っています。20年近く采配を振るっていた人が急に権限を譲るのも難しいのでしょうが、意識が変わるには時間がかかりそうです。農業法人時代は論理的で合理的な理論であれば意見が通ることは多かったのですが、どうしても家では権力者である義父が白と言えば黒でも白くなる、というような昔の家父長制が残っており、我が家は民主主義ではなく「お家制度」なんだなぁと思いました。
個人農家は経営体である前にイエなので、農業法人とは基本的に体質が違うことは理解できます。ただ、農村の変革が難しい、若者離れが止まらないと言われる理由はこの辺りに凝縮されているようにも感じます。義父が決して意地悪だとかいうわけではありません。むしろ、この原稿を書いているときも寒かろうとストーブを持って来てくれた優しい人です。彼自身も自覚しないままに「家長は家の決断を一手に担うべきである」という使命に縛られているのではないでしょうか。私はできるだけ今は波風立てずにおとなしくしています。人が大事にしてきた価値観に異を唱えるのは本当に難しいことです。
⑤給料が出ない! そがれるモチベーション
農業を含む一次産業は、社会構造的にあまり利益率の高い仕事でないことは前職の経験からも十分理解していました。しかし、農家に嫁いだら給料が少ないどころか、給料が全くないというトンデモ事態に遭遇しました。
私は以前勤めていた会社で現在、パートとして勤務しています。また、果樹は野菜と違いオンシーズンとオフシーズンがはっきり分かれるため、家での労働従事日数は年間の半分に満たない状態でした。これが驚くべきことに、年間半分以上農業に従事していなければ、家族に支払われる給料で必要経費と認められる専従者給与がもらえないのです。農園のホームページやECサイトの立ち上げ、お客様の注文管理、チラシの作成、マルシェ出店、普段の収穫作業など、あんなに頑張ったのに一銭も経費としては給与計算ができません。しょうがないのでお小遣いとしていくらか夫にもらいます。お、お、お小遣いって!? ECサイトの売り上げ数百万円の2割を手数料でよこせ!! このやりがい搾取!(筆者の心の声)
家での仕事には当然給料が出ると思っていたので一気にやる気を失いました。しかし、専従者給与がもらえたとしても、税負担などを考慮すると月々8万円程度、年間100万円程度が多くの農家の家族にとっては限度額なのです。仕事の価値はお金だけではないというのは重々承知ですが、個人農家の経営者以外の年収が約100万円だと仮定すると、これは事業拡大や経営改善のモチベーションには程遠いんじゃないかと思ったりするのです。
そんなこんなで農業自体は大好きですが、さまざまな出来事にやる気が出たり引っ込んだり、異なる価値観に飲み込まれたり戻ってきたりと目まぐるしい日々を過ごしています。農業に従事する女性の皆さんは日々どんな気持ちで過ごしていますか。今ある環境や自分の役割が全てだと思ってはいませんか。2025年1月17日(金)に開催するオンラインイベント「クボタGROUNDBREAKERS(グラウンドブレーカーズ)」では、農村社会に嫁いだり、生まれたりして、現在は自分らしく生き生きと働いている女性にお話を伺いました。今くすぶっているという人にとっては、そこから抜け出すヒントが詰まっていると思います。夢に向かっている人にとっては、一歩先を行く先輩から勇気をもらえるお話が聞けることでしょう。ぜひ視聴登録の上、当日お会いしましょう!