玉ねぎを生産、仕入れ、販売、技術指導と幅広く活躍
北海道石狩郡新篠津村にある新篠津つちから農場株式会社。玉ねぎを特別栽培で約16ヘクタール、有機栽培で4ヘクタール、計20ヘクタールで栽培しています。また、つちから生産組合として、地域の協力農家が栽培した特別栽培の玉ねぎを買い取り、販売する一面も持っています。
中村さんは学生時代から抱いてきた「ものづくりがしたい」という思いから、大学卒業後はウイスキーのメーカーであるニッカウイスキー株式会社へ就職。その後は紆余曲折ありながらも、ものづくりである農業と出会い、自分で農業をやってみたいと思うように。とは言え、一から農業を始めるほどの資金は手元に無かったため、後継ぎが居ない農業法人に就職したのちに事業継承で経営を継ごうと考えました。
北海道農業会議で相談をしたところ、紹介されたのが新篠津つちから農場の前身である玉ねぎの特別栽培をしていた佐藤農産でした。38歳の時に就職を決めると、2008年に事業継承して代表に就任。2013年より現在の社名である新篠津つちから農場へ変更しました。2017年からは、ロシアのサハリン州にある農場で収穫量増加のために技術指導に行くなど、玉ねぎの分野で幅広く活躍しています。
農産物が適正価格で取引される仕組みを立ち上げる
長年農業経営に携わってきた中村さん。近年の農業現場はというと、肥料をはじめとした農業資材、燃料費や人件費などの農業を営む上で掛かってくる必要経費が上がる一方なのに対し、肝心の野菜の売値は相場に左右されることで価格転嫁できず、年によっては再生産可能な価格すら維持できない状況になりつつあると言います。
そうした状況に「いつ潰れてもおかしくない」と危機感を抱いていた中村さん。どうしたら再生産可能な価格で取引ができるようになるのか。解決策を模索する中、1つの仮説にたどり着いたと言います。
「中間流通が泣いても、小売りが泣いても取引は持続していかない。ならば、消費者と一緒に農産物の再生産価格について考えることができ、購入した時にちょっとだけ良いことをした気持ちになれる国内版のフェアトレード。言い換えるとバリューチェーンのブランド化ならどうだろうか」
とはいえ、事業者や消費者からの理解が得られるかは半信半疑。そこで、周りの意見を聞いてみようと取引のあった中間流通や小売り会社に話をしたと言います。すると、こうした心配とは裏腹に、帰ってきた反応は前向きなものばかりでした。
ここでの構想を起源に、生産者と中間流通、小売、物流がタッグを組んで生産現場で生み出された農産物が適正価格で取引されることを実現する「KeepA協議会」を2023年に立ち上げました。協議会は独自に出荷基準を設けて認証する役割を持っており、ここで認証された農産物は連携企業との流通に乗せることができるという仕組み。詳細は後述しますが、これらの農産物は全国の各店舗で再生産可能な価格で販売されています。
設立から1年経った今では、多くの生産者や企業がkeepA協議会の思いに賛同し、商流の輪が広がっています。認証を受けた生産者は玉ねぎやじゃがいも、しいたけ、九条ネギなどで50件を数え、連携する小売り関連は、スーパーを展開する北海道の北雄ラッキー株式会社や東北の株式会社ユニバース、四国の株式会社マルヨシセンター、居酒屋チェーンを展開する株式会社アイックスといった企業をはじめ、老舗総合食品卸の国分北海道株式会社や総合商社の双日株式会社といった名だたる中間流通業者がkeepA商品を取り扱っていると言います。
見えてきた消費者の反応
ここで気になるのは、再生産可能な価格を実現するということは、消費者にとって同じ棚に並ぶ同一品目の商品よりも高いという点。それでも、KeepA協議会の商品の売れ行きは好調だと言います。
例えば、株式会社ユニバースが展開する東北の店舗では、バーゲン価格となる1袋3つ入り198円のタマネギとKeepA協議会の1袋3つ入り248円の商品を同一棚で1年間販売したところ、協議会が手掛ける248円の商品の方が7対3で売れ行きが良かったと言います。
「始めるまでは本当に消費者に受け入れられるのかという不安もありましたが、実際の消費動向を見てみると、今は値段だけじゃなく価値観を提案して受け入れられる余地は十分にあると感じています。伝えるべきことを伝えると、値段だけじゃない消費動向をするということです」(中村さん)
再生産価格の実現をするために
より多くの人に自社の取り組みを知って貰う必要があると考えつつも、イベントを開いても来るのは元々興味がある人ばかり。そう思い悩んでいた時期もあったという中村さんですが、ある学生から掛けられた言葉が、考えが変わるきっかけになったと振り返ります。
「世の中では認知度が5%を超えてくると大きな渦と言われる。1万人居たとしたら500人。それでも、今どきはSNSもあるから、友達の友達まで数えて行くと途方もない数字になるのではないでしょうか」
中村さんは「立ち上げてから約1年、農家や現場での消費者、それに関わってくる企業など多くの人に知ってもらい、北海道や東北、四国など広がってきました。それでもまだ、ごく一部。各地域で再生産価格での販売が可能になっていかないと農業界は存続できません。だからこそ、KeepA協議会の取り組みを多くの人に知ってもらう必要があり、学生が言っていた5%というブレイクスルーが来るタイミングまで少しずつでも啓蒙活動を続ける必要があります」と豊富を語ります。
現在、無印良品札幌パルコ店などで協議会の取り組みに関してトークイベントを開くなど、世の中を変えるべく活動を地道に続けています。
食は生きる上で必要であり、それを作る生産者も必ず必要です。生産者が経営することができない価格で取引されるのは、人々の生存にすら影響を与えます。だからこそ、必然と再生産価格で取引される未来はそう遠くないはずです。今は、一部の地域での取り組みですが、国内の食を守る中村さんの活動は今後広がりを見せていくのではないでしょうか。